その豊かな想像力はまるで甘い蜜のように同じ考えを持つ存在を引き寄せ、渦を巻き巨大な力を持つ。力を持てば、人間だれしもそれなりに自信を持つ。その自信に満ちた態度が、単なる推理を真実として世間に流布する。
一度言葉を切り、躊躇いながらもやっぱり口を開く廿楽。
「あの… 織笠という生徒の件もあります」
織笠鈴。
浜島の脳裏にパッと甦る控えめな少女。
あの生徒も、あまり恵まれない環境の生徒だった。
「今回の事件といい、あの件といい、やはり経済的に問題のある生徒の受け入れは控えた方がよろしいのでは?」
「その意見には私も賛成です」
「では」
「ですが、理事長が納得してくださらない」
その言葉に、廿楽がはぁと落胆の声をあげる。
「いったい、理事長は何をお考えですの?」
浜島はゆっくりと胸で腕を組む。
「寮の件に関してはご理解いただけているようだ。なので、経済的にも生活環境的にも恵まれた将来を有望できる人材の確保と、そのような逸材の反社会的存在からの擁護の必要性には、ご納得頂けていると思われます」
「でも、その反社会的存在の受け入れ拒否には、賛同してくださらない」
そこで二人はため息をつく。
「わかりませんわ。本当にわかりません」
呟くように繰り返す廿楽。
「私たちのように恵まれた、ですがそれゆえに低層からの妬みや嫉みに曝される人間は、一定の場所で擁護されなければなりません。唐渓は、そういった場所としてふさわしい。いえ、そういう場所になるべきなのだと思います」
「私も同意見です」
浜島は強く頷き、組んでいた腕を解く。
「とにかく、今回の件に関しまして、加害者の大迫美鶴は自宅謹慎に処しました。退学の提言は聞き入れられませんでしたが、謹慎は無期限です。私からもっと説得してみましょう」
「よろしくお願いしますわ」
子供達のためにも、と添えられた廿楽の言葉に浜島は再度頷き、そうして あぁ と思い出したように口を開く。
「そう言えば、例のバスケットボール部の件。どうやら無事、廃部にできそうですよ」
その言葉に、廿楽の顔がパッと明るくなる。
「本当ですか?」
「えぇ もともとほとんど活動は停止しているような状態でしたので、障害もなく手続きできそうです」
今度は廿楽が強く頷く。
「夏前に活躍して他校と熱戦を繰り広げたと聞いた時にはヒヤリとしましたけど」
「えぇ バスケットボール部は一般庶民レベルの高校でも大概は設置していますからね。活躍などして他校と無駄な交流を深めてもらっては、我が校の生徒にどのような悪影響を持ち込むかわかったものではない」
今までは弱小チームであったがゆえに練習相手になってくれる学校もほとんどおらず、だから存在を容認していた。だが、この際廃部にしてしまった方がよいだろう。
そんな浜島の姿に、廿楽は嬉しそうな視線を向ける。
「本当に、浜島先生が赴任してきてくださってから、唐渓はどんどん理想的な高校として変貌していきますわね。野球部を廃部にしてくださったのも、浜島先生でしたし」
その畏敬すら漂わせる廿楽の視線に小さな照れを感じながら、浜島は謙虚に首を振った。
「いえいえ、私は教育者として当然のことをしているまでですよ。未来ある子供たちを護り育てるのが、私たちの責務ですから」
その言葉に廿楽は満足そうな笑みを浮かべ、浜島は、己の意見に賛同してくれる味方の存在に身を引き締めるのだった。
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